落ち着くみゃ〜。
背伸びしない、恰好つけない、くよくよしない。そして真面目にブログ更新したい。
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- 2008-10-07
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[C1090] ダンスや武術の必修化
- 2007-09-06
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[C1091] 剣道と創作ダンスらしいざんす。
いいですねえ、ダンス( ̄▽ ̄)もえもえ。 でも好きなコ以外とは踊りたくないな。
そーゆー回想談は置いといてエントリで紹介してる作品ですが、励行された鹿鳴館の社交ダンスを唾棄すべきものの如く描写してます。
(お…するとアベゾーや山谷えりりんは、日本を明治の世に戻したいのかな。 教育再生ていうより教育復古じゃん)
武道はね、小さい子どもに「あてる」稽古をさせてほしくないです。 中学なら私よりデカいのがゴロゴロいてますけど、まだ成長期で骨とか肉が固まってないもん。 だから居合か空手の形のみ稽古させてやってほしい、それも強制ではなくて。
そーゆー回想談は置いといてエントリで紹介してる作品ですが、励行された鹿鳴館の社交ダンスを唾棄すべきものの如く描写してます。
(お…するとアベゾーや山谷えりりんは、日本を明治の世に戻したいのかな。 教育再生ていうより教育復古じゃん)
武道はね、小さい子どもに「あてる」稽古をさせてほしくないです。 中学なら私よりデカいのがゴロゴロいてますけど、まだ成長期で骨とか肉が固まってないもん。 だから居合か空手の形のみ稽古させてやってほしい、それも強制ではなくて。
- 2007-09-06
- 編集
[C1092] ↑訂正つかつまつります。
柔道、剣道、相撲など(←など?)でした。 お羞かしい(^^ゞ
しかし相撲は兎も角として柔道、剣道、けっこう新しいでしょ。 目標が「伝統と文化の尊重」などといいつつ、やっぱり価値観が明治〜戦中なアベゾーだと思いました。
しかし相撲は兎も角として柔道、剣道、けっこう新しいでしょ。 目標が「伝統と文化の尊重」などといいつつ、やっぱり価値観が明治〜戦中なアベゾーだと思いました。
- 2007-09-07
- 編集
[C1093] 相撲
相撲なら中学校の時に1ヶ月ほどやったなあ。マワシは着用しなかったけど、体操着の上に帯を巻いたような気はする。土俵はなく、土の校庭で裸足だったか?
剣道は防具回りに商根が見え隠れしますなあ…柔道はマットか。いじめと紛らわしくなるからヤメときなはれ。
剣道は防具回りに商根が見え隠れしますなあ…柔道はマットか。いじめと紛らわしくなるからヤメときなはれ。
- 2007-09-08
- 編集
[C1094] へええ♪
相撲は授業じゃなく休み時間に砂場で遊んでました。 砂でケチャマンになるから、すぐ廃れた。 ペンやらなにやら失うし。
授業ではレスリングが少しだけ(教師が元選手)ございました。 もちろん正課じゃないので、ほーんの少し。
ところで「伝統と文化の尊重」を、わざわざ、ご丁寧に必修化するなら正しいと思わしき(当社比)教程は、まず和服の着付、茶、能です。 あと武道には伝統柔術、居合、空手(形のみ)かな。 柔道は明治、剣道は斯以降の成立ですもん。 アベゾー内閣らしい嗜好ですわ。
(しかし古武道、どこが正課になるのか諸流がもめそう)
授業ではレスリングが少しだけ(教師が元選手)ございました。 もちろん正課じゃないので、ほーんの少し。
ところで「伝統と文化の尊重」を、わざわざ、ご丁寧に必修化するなら正しいと思わしき(当社比)教程は、まず和服の着付、茶、能です。 あと武道には伝統柔術、居合、空手(形のみ)かな。 柔道は明治、剣道は斯以降の成立ですもん。 アベゾー内閣らしい嗜好ですわ。
(しかし古武道、どこが正課になるのか諸流がもめそう)
- 2007-09-08
- 編集
[C1096] ↑
↑のja.wikipedia.org/wikiリンクから2007/09/09(日)16:56初来日した人はHNもタイトルも記入なしで、ただ「コメントをどうぞ」てなコメントのヒトコトだけ、まったく、こちとら不可解なばかりだぜ。
推論すれば、おそらくコメント間に管理者宛の内緒コメント置いとけば次のコメント頂戴できなくなるだろう陰コメントすなわち「コメントをどうぞ」なんてミミッちい工夫した新作荒しかも知れんが、なんにしろ管理者は気分わるいし次のコメント停止するわな。 また2度とやったら、ドメイン公開ね。 ていうかi222-150-196-28.s02.a027.ap.plala.or.jpはコメントできなくしちゃった。
推論すれば、おそらくコメント間に管理者宛の内緒コメント置いとけば次のコメント頂戴できなくなるだろう陰コメントすなわち「コメントをどうぞ」なんてミミッちい工夫した新作荒しかも知れんが、なんにしろ管理者は気分わるいし次のコメント停止するわな。 また2度とやったら、ドメイン公開ね。 ていうかi222-150-196-28.s02.a027.ap.plala.or.jpはコメントできなくしちゃった。
- 2007-09-10
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[T20] 嘉納治五郎
嘉納治五郎嘉納 治五郎(かのう じごろう、1860年12月9日(旧暦万延元年10月28日) - 1938年5月4日)は、明治から昭和にかけての柔道家、教育者。講道館柔道の創始者であり、柔道・スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック初参加に尽力するなど、日本
- 2007-09-15
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山嵐。
以前すこしだけ紹介しましたが、こないだ帰省したとき実家から持ち返りした、少年時代の愛読書をレビューつかまつります。
姿三四郎 新潮文庫:上中下 (富田常雄)
ちょっと信じられん話しだけど、この映画化されドラマ化もされた超々有名作品が、いまや絶版(ただし新潮オンデマンドブックスでは現在も注文可能らしい)です。 うーん(ーー;)そうなっちゃった理由は、うすうすわかる。 よみ返してみれば、たしかに現代の価値観とはビッグで壮絶な懸隔が、ある。 俺がよんでた30年くらい前でも、面白いが旧くさい本だな、と(ちなみに当時は筒井康隆の全盛期)感じましたもん。 でも、時代小説だと思ってよめば、ほぼOK大丈夫なのだ。 ややノーノー大丈夫ちゃうよ、ていう箇処については、ちょっと説明してみます。
斯作をよみ通すと、たいへん苛烈な反欧と國粋がみられ、とくに中盤は政治談話がおおくて思想色が強い。 なのに終盤へ差しかかれば、とつぜん政治とか思想のカラーが薄まります。 これは作品の発表年代順と関係あり、でしょう。
(上中下巻の所収順と発表順は下記のごとし)
序、天狗、佳人、生死の章 初出「明治武魂」 1944年。 作風は先行した↓に同じ
巻雲、四天王、流水、碧落の章 初出「姿三四郎」 1942年。 反欧と精神復古を謳うが、まず純粋まっとうな武道小説
すぱあら、愛染、有縁、一空の章 初出「続 姿三四郎」 1944年。 憎悪に近しい反欧、長広舌の政治談義、富國強兵、支那改革論
不惜、金票、ひとくき、明星の章 初出「柔」 1944年。 ↑と同じく猛烈
琴、女怨、落下の章 初出「続 柔」 1945年、敗戦の年。 政治談、思想色が影を潜めるばかりか、厭戦観ただよう
どうやら「姿三四郎」が旧帝國情報局から推薦図書に選ばれたのを以って著者がハッスルしちゃったみたいな印象うけます。
また作中一杯に病者や障害者、特定地域、特定の職業、そして性への蔑視と差別観が披露されてます。 描写してるんじゃなくて、ただの披露。 これは発表当時の我國が、まぎれもなく差別で成立してた社会だという証左です。 しばしば、差別ていう概念がない時代、差別語の規定もない時代、それは差別社会でない、だから後世から歴史をかえりみて差別云々を申すのは見当違い、なんてシャッター下ろすみたいで逃避的な反対論が散見されるんだけど、いま歴史かえりみて差別容認してて差別で廻ってる社会は、いつの何処だろうが差別社会、という分析に過ぎん。
そんな次第でして、予備知識の一切ない人らが本書を手にとったら嫌悪感を感じたり逆に洗脳される惧れあるかも、です。
だから絶版なんでしょ、て想像してます。 いま時代小説だと思って、ふつーによもうとしても違和感を覚えるでしょ。
ほか斯作の、ちょっと困った問題点は、古流(伝統)柔術および唐手(空手)を仇役に描いちゃってて世間へ偏見を伝播しかねない処です。 古武道諸流や空手がこぞって講道館へ牙を剥いたかのような描写がおおい。 でも史実にないし、むしろ講道館創始者は古武道諸家に愛されてたような記録しか知らんです。 作中では凶暴で札付きな柔術家や唐手家を心身ともに正しい主人公が投げに投げ尽くす場面ありますが、あまりにも一方的としか申上げようの致し方は、ない。
これらを念頭において古式ゆかしい時代小説、浪漫なんだと考えてよめば大層に面白い小説です。 大河恋愛小説でもある。
長くなってきちゃったけど、主な登場人物だけは紹介しときます。 ただし無数に主な登場人物がいるので、最重要人物だけ。
掛札兵介:殺当流柔術の伝法で筋肉質な師範。 柔術諸流の顔役
(私評:凶暴、低俗、殺伐を画に描いたみたいな悪党として登場)
矢野正五郎:いわずと知れた嘉納治五郎がモデル。 凋落する柔術諸流派の救済と統一を紘道館柔道の創始によって図る、とされる
(私評:モデルが柔術諸流派の統一を図ってたかというと、別にそんな感じでもないけど、おいおい全剣連かよ)
戸田雄次郎:嘉納治五郎の愛弟子のひとり、富田常次郎(著者の父)がモデル。 巴投げ、裏投げが得意
(私評:作中で矢野と戸田の関係はゴータマに仕えたアーナンダみたいな取り扱いです)
檜垣源之助:良移心当流の継承者にして柔術界最強の武道家。 長身白皙の美青年
(私評:知的でありながら暴力的な武道家として登場。 のちマジで知的になる)
村井乙美:檜垣源之助の師範である半助の娘。 主人公である三四郎を想うこと一途な人物
(私評:まったく原始的な♂から視て便利な♀。 待てといわれれば待ち、信じてくれといわれれば信じる、そんな人)
姿三四郎:主人公。 伝説の西郷四郎がモデルであり身も心も柔道な天才武道家
(私評:天才ていうか柔道マシン。 女心を傷つけたり恥かかせたりする点においても天才児)
真崎東天:壮士節を街路で唄う思想家。 サクッと距離をちぢめて肝胆あい照らす調子の人物として登場
(私評:まっとうに働いて銭を得て暮らすのを俗だと形容する浮舶の無職者が帝國の正義を代弁する者として登場)
(私評:なので先述の通り「続 柔」では登場回数の激減、そして代弁しなくなる)
南小路高子:欧化思想の権化として登場する、子爵令嬢
(私評:著者の憎悪の対象が集約されたような人物。 タクティクスオウガでいえばカチュアな人)
檜垣兄弟:檜垣流唐手の継承者であり、かつ源之助の弟達。 凶暴、低俗、殺伐を画に描いたみたいな悪党として登場
(私評:琉球人です。 くわえて、あきらかに末弟は障害者、なにをかいわんや)
他にも登場人物は盛り沢山ですが、いちいち紹介してるとキリがない。
如何? 面白そうでしょ。 ちゃんとほめてます(汗)絶版つっても稀覯書ではなく、図書館や古書店には在りふれるくらい著名作なのだ。
よだんタイム。
教審が義務教育課程への武道講習を必須(必修か)化する予定らしいけど、そんな教育する暇あるなら大人たち、まず、ちゃんとせい。
俺は自身が好んで武道を嗜むが、強請されたって面白くもナンともありゃしない。
姿三四郎 新潮文庫:上中下 (富田常雄)
ちょっと信じられん話しだけど、この映画化されドラマ化もされた超々有名作品が、いまや絶版(ただし新潮オンデマンドブックスでは現在も注文可能らしい)です。 うーん(ーー;)そうなっちゃった理由は、うすうすわかる。 よみ返してみれば、たしかに現代の価値観とはビッグで壮絶な懸隔が、ある。 俺がよんでた30年くらい前でも、面白いが旧くさい本だな、と(ちなみに当時は筒井康隆の全盛期)感じましたもん。 でも、時代小説だと思ってよめば、ほぼOK大丈夫なのだ。 ややノーノー大丈夫ちゃうよ、ていう箇処については、ちょっと説明してみます。
斯作をよみ通すと、たいへん苛烈な反欧と國粋がみられ、とくに中盤は政治談話がおおくて思想色が強い。 なのに終盤へ差しかかれば、とつぜん政治とか思想のカラーが薄まります。 これは作品の発表年代順と関係あり、でしょう。
(上中下巻の所収順と発表順は下記のごとし)
序、天狗、佳人、生死の章 初出「明治武魂」 1944年。 作風は先行した↓に同じ
巻雲、四天王、流水、碧落の章 初出「姿三四郎」 1942年。 反欧と精神復古を謳うが、まず純粋まっとうな武道小説
すぱあら、愛染、有縁、一空の章 初出「続 姿三四郎」 1944年。 憎悪に近しい反欧、長広舌の政治談義、富國強兵、支那改革論
不惜、金票、ひとくき、明星の章 初出「柔」 1944年。 ↑と同じく猛烈
琴、女怨、落下の章 初出「続 柔」 1945年、敗戦の年。 政治談、思想色が影を潜めるばかりか、厭戦観ただよう
どうやら「姿三四郎」が旧帝國情報局から推薦図書に選ばれたのを以って著者がハッスルしちゃったみたいな印象うけます。
また作中一杯に病者や障害者、特定地域、特定の職業、そして性への蔑視と差別観が披露されてます。 描写してるんじゃなくて、ただの披露。 これは発表当時の我國が、まぎれもなく差別で成立してた社会だという証左です。 しばしば、差別ていう概念がない時代、差別語の規定もない時代、それは差別社会でない、だから後世から歴史をかえりみて差別云々を申すのは見当違い、なんてシャッター下ろすみたいで逃避的な反対論が散見されるんだけど、いま歴史かえりみて差別容認してて差別で廻ってる社会は、いつの何処だろうが差別社会、という分析に過ぎん。
そんな次第でして、予備知識の一切ない人らが本書を手にとったら嫌悪感を感じたり逆に洗脳される惧れあるかも、です。
だから絶版なんでしょ、て想像してます。 いま時代小説だと思って、ふつーによもうとしても違和感を覚えるでしょ。
ほか斯作の、ちょっと困った問題点は、古流(伝統)柔術および唐手(空手)を仇役に描いちゃってて世間へ偏見を伝播しかねない処です。 古武道諸流や空手がこぞって講道館へ牙を剥いたかのような描写がおおい。 でも史実にないし、むしろ講道館創始者は古武道諸家に愛されてたような記録しか知らんです。 作中では凶暴で札付きな柔術家や唐手家を心身ともに正しい主人公が投げに投げ尽くす場面ありますが、あまりにも一方的としか申上げようの致し方は、ない。
これらを念頭において古式ゆかしい時代小説、浪漫なんだと考えてよめば大層に面白い小説です。 大河恋愛小説でもある。
長くなってきちゃったけど、主な登場人物だけは紹介しときます。 ただし無数に主な登場人物がいるので、最重要人物だけ。
掛札兵介:殺当流柔術の伝法で筋肉質な師範。 柔術諸流の顔役
(私評:凶暴、低俗、殺伐を画に描いたみたいな悪党として登場)
矢野正五郎:いわずと知れた嘉納治五郎がモデル。 凋落する柔術諸流派の救済と統一を紘道館柔道の創始によって図る、とされる
(私評:モデルが柔術諸流派の統一を図ってたかというと、別にそんな感じでもないけど、おいおい全剣連かよ)
戸田雄次郎:嘉納治五郎の愛弟子のひとり、富田常次郎(著者の父)がモデル。 巴投げ、裏投げが得意
(私評:作中で矢野と戸田の関係はゴータマに仕えたアーナンダみたいな取り扱いです)
檜垣源之助:良移心当流の継承者にして柔術界最強の武道家。 長身白皙の美青年
(私評:知的でありながら暴力的な武道家として登場。 のちマジで知的になる)
村井乙美:檜垣源之助の師範である半助の娘。 主人公である三四郎を想うこと一途な人物
(私評:まったく原始的な♂から視て便利な♀。 待てといわれれば待ち、信じてくれといわれれば信じる、そんな人)
姿三四郎:主人公。 伝説の西郷四郎がモデルであり身も心も柔道な天才武道家
(私評:天才ていうか柔道マシン。 女心を傷つけたり恥かかせたりする点においても天才児)
真崎東天:壮士節を街路で唄う思想家。 サクッと距離をちぢめて肝胆あい照らす調子の人物として登場
(私評:まっとうに働いて銭を得て暮らすのを俗だと形容する浮舶の無職者が帝國の正義を代弁する者として登場)
(私評:なので先述の通り「続 柔」では登場回数の激減、そして代弁しなくなる)
南小路高子:欧化思想の権化として登場する、子爵令嬢
(私評:著者の憎悪の対象が集約されたような人物。 タクティクスオウガでいえばカチュアな人)
檜垣兄弟:檜垣流唐手の継承者であり、かつ源之助の弟達。 凶暴、低俗、殺伐を画に描いたみたいな悪党として登場
(私評:琉球人です。 くわえて、あきらかに末弟は障害者、なにをかいわんや)
他にも登場人物は盛り沢山ですが、いちいち紹介してるとキリがない。
如何? 面白そうでしょ。 ちゃんとほめてます(汗)絶版つっても稀覯書ではなく、図書館や古書店には在りふれるくらい著名作なのだ。
よだんタイム。
教審が義務教育課程への武道講習を必須(必修か)化する予定らしいけど、そんな教育する暇あるなら大人たち、まず、ちゃんとせい。
俺は自身が好んで武道を嗜むが、強請されたって面白くもナンともありゃしない。
7件のコメント
[C1090] ダンスや武術の必修化
その時は男女区別なしにダンス、武術を習わせたいですね。
社交ダンスは男性もあって成り立つし、海外向けの作法習得にもなる。
武術のうち合気道は護身術としては有意性が高いし…下手に上達すると先生が投げ飛ばされるかな、という虚言も出そうだけど、それ以前に礼儀を弁えるからそういう事を考える方が「生徒を信用してない」となるね。
社交ダンスは男性もあって成り立つし、海外向けの作法習得にもなる。
武術のうち合気道は護身術としては有意性が高いし…下手に上達すると先生が投げ飛ばされるかな、という虚言も出そうだけど、それ以前に礼儀を弁えるからそういう事を考える方が「生徒を信用してない」となるね。
- 2007-09-06
- 編集
[C1091] 剣道と創作ダンスらしいざんす。
いいですねえ、ダンス( ̄▽ ̄)もえもえ。 でも好きなコ以外とは踊りたくないな。
そーゆー回想談は置いといてエントリで紹介してる作品ですが、励行された鹿鳴館の社交ダンスを唾棄すべきものの如く描写してます。
(お…するとアベゾーや山谷えりりんは、日本を明治の世に戻したいのかな。 教育再生ていうより教育復古じゃん)
武道はね、小さい子どもに「あてる」稽古をさせてほしくないです。 中学なら私よりデカいのがゴロゴロいてますけど、まだ成長期で骨とか肉が固まってないもん。 だから居合か空手の形のみ稽古させてやってほしい、それも強制ではなくて。
そーゆー回想談は置いといてエントリで紹介してる作品ですが、励行された鹿鳴館の社交ダンスを唾棄すべきものの如く描写してます。
(お…するとアベゾーや山谷えりりんは、日本を明治の世に戻したいのかな。 教育再生ていうより教育復古じゃん)
武道はね、小さい子どもに「あてる」稽古をさせてほしくないです。 中学なら私よりデカいのがゴロゴロいてますけど、まだ成長期で骨とか肉が固まってないもん。 だから居合か空手の形のみ稽古させてやってほしい、それも強制ではなくて。
- 2007-09-06
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[C1092] ↑訂正つかつまつります。
柔道、剣道、相撲など(←など?)でした。 お羞かしい(^^ゞ
しかし相撲は兎も角として柔道、剣道、けっこう新しいでしょ。 目標が「伝統と文化の尊重」などといいつつ、やっぱり価値観が明治〜戦中なアベゾーだと思いました。
しかし相撲は兎も角として柔道、剣道、けっこう新しいでしょ。 目標が「伝統と文化の尊重」などといいつつ、やっぱり価値観が明治〜戦中なアベゾーだと思いました。
- 2007-09-07
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[C1093] 相撲
相撲なら中学校の時に1ヶ月ほどやったなあ。マワシは着用しなかったけど、体操着の上に帯を巻いたような気はする。土俵はなく、土の校庭で裸足だったか?
剣道は防具回りに商根が見え隠れしますなあ…柔道はマットか。いじめと紛らわしくなるからヤメときなはれ。
剣道は防具回りに商根が見え隠れしますなあ…柔道はマットか。いじめと紛らわしくなるからヤメときなはれ。
- 2007-09-08
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[C1094] へええ♪
相撲は授業じゃなく休み時間に砂場で遊んでました。 砂でケチャマンになるから、すぐ廃れた。 ペンやらなにやら失うし。
授業ではレスリングが少しだけ(教師が元選手)ございました。 もちろん正課じゃないので、ほーんの少し。
ところで「伝統と文化の尊重」を、わざわざ、ご丁寧に必修化するなら正しいと思わしき(当社比)教程は、まず和服の着付、茶、能です。 あと武道には伝統柔術、居合、空手(形のみ)かな。 柔道は明治、剣道は斯以降の成立ですもん。 アベゾー内閣らしい嗜好ですわ。
(しかし古武道、どこが正課になるのか諸流がもめそう)
授業ではレスリングが少しだけ(教師が元選手)ございました。 もちろん正課じゃないので、ほーんの少し。
ところで「伝統と文化の尊重」を、わざわざ、ご丁寧に必修化するなら正しいと思わしき(当社比)教程は、まず和服の着付、茶、能です。 あと武道には伝統柔術、居合、空手(形のみ)かな。 柔道は明治、剣道は斯以降の成立ですもん。 アベゾー内閣らしい嗜好ですわ。
(しかし古武道、どこが正課になるのか諸流がもめそう)
- 2007-09-08
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↑のja.wikipedia.org/wikiリンクから2007/09/09(日)16:56初来日した人はHNもタイトルも記入なしで、ただ「コメントをどうぞ」てなコメントのヒトコトだけ、まったく、こちとら不可解なばかりだぜ。
推論すれば、おそらくコメント間に管理者宛の内緒コメント置いとけば次のコメント頂戴できなくなるだろう陰コメントすなわち「コメントをどうぞ」なんてミミッちい工夫した新作荒しかも知れんが、なんにしろ管理者は気分わるいし次のコメント停止するわな。 また2度とやったら、ドメイン公開ね。 ていうかi222-150-196-28.s02.a027.ap.plala.or.jpはコメントできなくしちゃった。
推論すれば、おそらくコメント間に管理者宛の内緒コメント置いとけば次のコメント頂戴できなくなるだろう陰コメントすなわち「コメントをどうぞ」なんてミミッちい工夫した新作荒しかも知れんが、なんにしろ管理者は気分わるいし次のコメント停止するわな。 また2度とやったら、ドメイン公開ね。 ていうかi222-150-196-28.s02.a027.ap.plala.or.jpはコメントできなくしちゃった。
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[T20] 嘉納治五郎
嘉納治五郎嘉納 治五郎(かのう じごろう、1860年12月9日(旧暦万延元年10月28日) - 1938年5月4日)は、明治から昭和にかけての柔道家、教育者。講道館柔道の創始者であり、柔道・スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック初参加に尽力するなど、日本
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武術のうち合気道は護身術としては有意性が高いし…下手に上達すると先生が投げ飛ばされるかな、という虚言も出そうだけど、それ以前に礼儀を弁えるからそういう事を考える方が「生徒を信用してない」となるね。