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お前はもう願以此功德普及於一切我等與衆生皆共成佛道

ぜんかいデイト報告をエントリするつもりでしたが、へんなメッセに、つい反應こいてしまいまして。 まー、これ貧乏症ていうのか、いちいち細かいことのようですが、やはり大事なことだし、よくわかってない人のよくわからん言辞を、そのまんま放置スルーかましとくのも罪つくりだという、そんな感じ。
よくわかってない人のよくわからん言辞ていうものは、とどのつまり勉強不足であります。 ネットやらウィキペディアだのの讀みかじりで、ぜんぶ把握できておる、そういう錯誤をきたしてるんじゃないの、たぶん。 れいの、つらつら拙僧くんなんかが主觀客觀とは西洋文化からもたらされたものであって佛道に客觀はない、つって生き恥さらしな誤謬するのも、やはりネット依存症からもたらされたものであって佛道ではナッシュビルです。 たとえば、

生物を動物と植物に二分する分類法は古くから存在しており、アリストテレスは感覚と運動能力の有無によりこれら二つの分類を試みている。 ただし、中間的生物も存在することを認めていたようである。 18世紀の生物学者リンネ (Carolus Linnaeus) は、感覚をもたない植物界と、感覚と移動能力をもち従属栄養的である動物界とに、生物を二分した。 明治時代以前の日本では、生物は草、虫、魚、獣と区分する本草学が主流であり、動物という概念は、西欧の学問に親しんだ蘭学者を除き、一般的ではなかった。 生物を動物と植物に二分する分類は、西欧の学問が流入した明治以降に広く普及した。

ていうウィキペディアのイチ文↑には首かしげざるを、えません。 明治時代以前の日本にも感覺認識の有無をもってする分類法が古くから存在しておりましたけど。 たしかに本草學を修める人らにとっては一般的でなかったかも知らんが中間的生物の存在についても言及あるし。 特定分野の知識に偏向したまんま記すと、こういう誤謬が流布するんだな。
そもそもがウィキペディアって出典だ典拠だ、つって偏執的なんですが、それさえ訴えとけば他者に干渉できる場なんですが、その典拠のイチ部分だけを參照しても檢證性ありま温泉。 ただ記入者にとって都合よろしい箇処のみを典拠ぜんたいの主旨を無視し出典だ典拠だ、とする行爲が可能なんだから。
つらつら拙僧くんなどは自ブログで正法眼藏古鏡の卷を出鱈目に切り貼りして紹介しつつ古鏡とはヤラレタラヤリカエス反撃のことだと主張しますし、かなり多くの禪マニアが水の音や樹ゝの音を聴くだけで境地を得るとか視たまんま聴くまんま感じたまんま世界ありのままとか。
じぶんで勉強しない人できない人は、だまされやすい。 ていうか自分で自身を、だましておる。
(やれやれ↓以下ほんだい)
(つづき)
ぜんかいデイト報告をエントリするつもりでしたが、みなさんシルバーウィークいかがお過ごしでしたでしょうか。 わたしはといいますとシルバもクソもないアレで所滯くさい活動におわれながらも、そのシルバのナカ日を中途半端に休暇ゲットこいて、ちょびっとデイトできました ( ̄▽ ̄;
信貴山展望台01
信貴山でござる。 また信貴山かよー。 と、おっしゃるなかれ。 ぜんかい時間なくて端折って駆け足モードで觀光いたしましたが、こんかい、たっぷり遊んで紹介レビュつかまつれる。 畫像は有名なデイトスポットらしいです。 鐘の鳴る展望台つって鐘楼も鐘も、みあたらなかったが。
なにやらカップルの永遠を誓い合うて、ここに錠前を納めるみたいです。 調べたワケじゃないけど、そうらしい。 階段てっぺん昇ると、
信貴山展望台02
絶景であります。
信貴山展望台03
絶景であります。
信貴山展望台04
絶景であります。 どうやらウチのカノジョは阿倍野ハルカスに思い入れが、あるのかな。
やたら撮るわ撮るわ阿倍野ハルカス。 もうええ、ちうねん。

さて信貴山朝護孫子寺に到着なり。 以前のエントリではリンク貼っただけで、このテーマパークな寺をレビュもうし上げませんでした。 なにしろ伽藍の半分も見學する時間なかったゆえ遠慮してみたという、そういう次第でしたが、こんかいバリバリご紹介するぜ。
朝護孫子寺開山堂
まずは↑開山堂にレッツ參詣でござる。 開山堂つっても信貴山の開基はハッキリしてないみたいで、ここに祀られてあるのは朝護孫子寺を建立した命蓮さんと、この命蓮さん以前に信貴山で行じていたらしき歓算さんていう人と、あと佛道を我國で推進した聖徳太子と宗派ひらいた弘法大師空海さん、および四国八十八ヶ処ご本尊たち。 もう堂内てんこ盛り佛像やがな。
史料よみ解く限り開基は命蓮じゃん。 あれもこれも祀りまくってチョー濃厚な開山堂なり。

つぎは劍鎧堂です。
バッタめぐ169
以前きたときは、この劍鎧堂と本堂だけしか參詣できず、だからレビュできませんでした。 いざ再訪レッツ劍鎧さん。
劍鎧さんていうのは、いわゆる護法童子です。 護法童子ていうのは天部に使役される、いわば式神のような存在でいて、だから人と同格あるいはそれ以下の精靈なんですが、この劍鎧さんに限っては天皇の信を得て開基に關わる重要なファクターゆえ、とくに堂をかまえて祀られてあるのかな。
醍醐天皇が病氣になって、それを命蓮さんが加持祈祷して平癒させ、そのメッセンジャー勤めたのが劍鎧さん、この功をもって朝廟安穏守護國土子孫長久の祈願処なる朝護孫子寺の勅號を授かった、らしい。 その劍鎧さんていうのが、
劍鎧護法童子
こちら↑です。 寶物館の 靈寶館の 所藏する國寶信貴山縁起繪卷レプリカを ほんもんは奈良國立所藏らしい を転載した表看板を撮ったものです。 靈寶館は館内撮影禁止だし、どうやって劍鎧さん紹介するか、わりと惱んだ。 たんなる立て看板とはいえ畫像キレイだ。
畫像の通り無数の劍を鎧のごとく身にまとい輪寶を回轉させ雲の上を疾走する姿であります。 モチのロンリー輪寶を回轉ていうのは轉法輪に掛けてあるんでしょう。 この劍鎧堂でタノは、
劍鎧護法お守り
買っちゃいました↑お守り。 だってデザインよろしやん、チョーかっこええ、やん ( ̄。 ̄;
難病平癒に、ご利益あるんだって。 わたしは、しなない代わり染らん代わり、いっしょう治らん病氣を複数もってますが、ひとつでも治れば、いいかなー。
このあとは、
バッタめぐ170
赤門↑を通過して本堂へ、むかいます。 この門のとこに、また賣店ありましてね。
如意寶珠お守り
買ったですよ↑お守り。 なんぼ買うねんタノQ ( ̄へ ̄;
もともと個人的に内緒な秘密のお守りを携帯してて、さいきん參禪先でカッコイイお守り發賣したから購入して、また別に參禪先の亡老師の形見分けグッズお守りも所有しながら、さらに參禪先から特に別のお守りを無償で分けていただき、くわえてカノジョから特製お守りを受領つかまつり、それぜんぶ身につけてる、わ・た・し。
たとえ隕石が頭上に落下しようともUFOに拉致られようが、まるで心配ナッシング安心じゃ。

などと命根性きたない記述は置いといて
朝護孫子寺本堂
本堂に↑到着なり。 この寺のご本尊は毘沙門さま…わたしの宗旨だと多聞天ていう天部のひとつで、佛でも菩薩でもなく天部を、ていう、これがキャラづけや格付けに熱心なイチ面をもつ密教らしい山風でしょうか。 禪では達磨大師と大権修理菩薩と文殊菩薩と觀音菩薩と、あとは普賢菩薩か地蔵菩薩くらいしか重視してないらしき風情とは趣向ちがう。
武道でも他流をみれば劍風が似てたり違ったり、いろいろ面白いものです。
とか高尚ぶりつつ、
バッタめぐ171
わたしは撮影に、いそがしい。 このヒトの機嫌そこねるとウザいねん。 おちおち武道佛道に想いを馳せて、じっくり、しんみり、こいてカノジョ放置してますというとバッサリ怒られますねん。 ぐすん。
ちなみに 多聞天とムカデ なにか關係あるんだろうか。 …密教しらんから、よくわからん。
こほん。 ところで、この本堂では誡檀めぐり、ていうアトラクションをたのしめます。 以前きたさいにカノジョと誡檀めぐってみましたが地味に非日常で、めっさオモロイですよ。

翌日は大坂ミナミでカノジョと心ブラこいて、
十十八十十
日本茶専門店で豪遊タイムでした。 以上きょうのエントリこんなとこ。
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    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

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