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お前はもう應物現形如水中月

わたしの所帶くさい活動方面が、いわずと知れた繁忙シーズンをむかえつつ。 そのまんま更新せず放置こいてたら、またブログにクモの巣とかゴキの縄張りとか發生して、なんだかわからん商業廣告の表示が、はびこり出す。 そうは問屋が卸しゃしねーよ、おまえさん。
なんつって ( ̄ω ̄)
みたいなノリで、がんばってエントリしてみますが。 さしあたり、
JKUSS BK05
こないだ、たまたまネットで↑この畫像みたタノQ しょうじき癒されたです。 めっさ癒され放題。
(などと煩惱をほしいままにしながら↓以下よだん)
(つづき)
ちなみに、なんでもかんでも禪マニアは、いわゆる ありのまま つって、いいたがりますが、
 畫像みた 癒された
みたいなことを、ありのまま、つったなら、それは、よくある知ったかぶりの莫迦のひとつ憶え。
いうまでもなく、ひとは情報の入力に左右されるです。 いうまでもなく、つって、すでにいっとるけど。 タノが癒され、とか埒もない話しも畫像ていう情報入力に對するタノの情報出力だけど、おなじもん視て癒されるワケではナッシュビルな人は違う情報を出力するし、しかも畫像は、たんなる畫像であって情報のイチ部であり事象すべてありのまま告げ示してる次第ではナッシュビル。 畫像に限らず音聲も文字も情報を共有するため考案された記號にすぎんのでして、その情報まんま事象ありのままでは、けっしてありま温泉だということを、ひとつ銘記していただきたい。 ちなみに上掲畫像の女性は外國籍ですが畫像みただけでは判らんでしょうしタノがいわなきゃ分からんでしょうし、そもそも、じつは女性でなかったりする場合あるかも知れんし、それ視て癒されたとかいうのは、たんなる感覺刺激であり情報の入出力であって、なんら事象ありのままでは、けっしてありま温泉。

なにやらカタイ話しになってきた風味ですが。
わたしは ありのまま で一切合財すませてドヤ顔かます禪マニアが大嫌いなので、ちょい ありのまま ってナニみたいな解説文めいた記事かきたくなったですが、じっさいアリノママとかアリババとか、ふつー到底ムリです。
あたえられた情報入力にある畫像や文字や音聲では記されてない箇処すべて把握しきって初めて
 ありのまま
ですが。 ちがうかな。

やれやれ。 以下は恒例の脱線トークなり。
わたしは日常的に素振り稽古するですが刀を振ったとき音がでるです。 このとき、
 刀が鳴ったのか
 空氣が鳴ったのか
 なにが鳴っとるんや
…ていう感じのが禪の公案です。 答えは刀と空氣と相互に作用して、はじめて鳴る、すなわち刀が鳴るのも空氣が鳴るのも同時でありセットであり、どちらかを缺いては成立しないゆえに同じことだ、ていうのが現成公案ですし、さらにヒネクレた答えでは、ここに音を聴く者があって成立する事象だという、みなさん、なんの意味や価値ある問答かと思うでしょ。
なんの意味とか価値は別にして、なんの役に立つとか立たないとか別にして、ふだん思ってることや思いもかけないことも別にして、そんなこんな自分で自身へ勝手に設定した概念や規則とか枠から自由にぬけてみないか、ていうのが禪です。 ただ視たまんま感じたまんまを ありのまま そう捉えてる限り公案は現成しません。 そのへんをマニアの人ら、がんばって參究いただきたい。

ところで刀といえば
二八くん鍔
ひごろ素振りしてる二八くんですが↑のように鍔は透かしになっておるです。 模擬刀に透かし鍔は、たいへん多い。 あるとき、ある劍友が透かし鍔について、
 すかし鍔は戰斗中に不利ではないか 手許に血溜りが流れこんで操作困難を惹起するであろう
なんつって、まさに禪の公案レベルにも等しい客觀的問題提起をですな、かまされまして。 たしかに、いわれてみれば、その可能性なきにしもあらず、どころか、かなり説得力あるじゃん。

ですが、
柳生鍔
これ↑も二八くんと共にウチにある柳生くんの、その鍔。 透かしてござる。 そして、
武蔵鍔
こちら↑はウチにないけども宮本武蔵デザインの鍔が、やはり透かしてある。
柳生鍔にしろ武蔵鍔にせよ、これらを考案した人ら、いづれも刀を操作して現場に臨み實践して研究かさね上げたスペシャリストたち、であります。 で、けっきょく世に出す發表が透かし鍔だ。 血溜りは解消してるのか問題視してナッシュビルか?

わたしが思うに、さほど問題視してナッシュビル系だったろうかと想像します。
弓矢や槍をすて刀を手に斗う場面となったら、すでに本陣へ斬りこまれて防戰状態とか敗走しつつの防戰状態とか、つまり戰場において司令官には想定外のレアケースであり、そう手許に血溜りが流れこんで操作困難じみた感じの、なん人も斬りすてて斬りすてての、めっさハードでシビアな使用環境を、だれも刀に求めてなかったんじゃないの、ふつー。 と考えました。
弓矢や槍もたず刀を手に斗う場面などは、とても限られた条件下ですし。 江戸期に入れば赤穂のアレや幕末テロをのぞけば往來の喧嘩や果たし合いとか仇討の、あんまりメジャーではない。 近代では日本刀研究の成瀬關次先生が報告で連續使用36人斬りだったかな、そんな論文あったような氣がするけど、それもレアでしょ。 弓矢あるいは槍にくらべて、ぜんぜん間合いの短い近接戰斗用の武具ていうより護身具ですし、やっぱ手許に流血たまり込むとかは設計思想外だったような、これはタノの考察なのだ。

じぶんでエントリしてて話しがアッチこっち脱線こくから投稿しなおしたであるよ。 やれやれ。
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    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

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