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お前はもう道俗時衆共同心

あたたかかったり寒かったり、あたたかくなったり寒くなったり、あかたかたったり…舌かんだぞな。 まー氣候の變化が、ちかごろ盛んに三寒四温の一進一退 少女隊ですね。 少女隊ご存知かな。
 そんなことは、どーでもいい
先週末は土曜またもやカノジョこずに日曜あさ合流でした。 土曜よる來てくれなかったワケというのがカノ父の檢査なんだって。 やれやれ、いい歳ぶっこいたオトコなのに、たかが檢査で娘の同伴を毎度かならず絶對必要条件とする、どんだけ甘チョロやねん、あの人。 妻には暴力的で、また娘婿(むかしの、わたし)の男性不妊が發見されたさいやウツ發病したときなどエラソーな説教かまして、それが、ひとりじゃ檢査いけないんだって。 カッコイイー、わらえちゃうー。

すいません、つい恨みがましく、いい過ぎました。
えー、そんな感じで日曜あさ合流したのち同伴參禪つかまつりまして老師さまの提唱きいてから、
m( ̄ω ̄)m~”
(うえの畫像は老師じゃなく寺院ちかくの、おネコさま↓つづく)
(つづき)
春の三種盛とバッタめぐ
ひるに廻轉鮨しばき込みました。 だまって笑ってると↑みためカワイイです。
しかし、たべてる間だけカノジョご滿悦でいらしたけども、そのあとスカパンの裾丈を氣にしてイライラうるさくって尻でてないかとヤイヤイからまれて、わたし病みそーだったし。
うるさい撮影 ( ̄з ̄)_,
あんまりウルセーですから↑撮影して視せてもガミガミと、もうガミラス星人か。 くらえっ波動砲☆

こほん。
そして二人むかったのは…あ、そうだ。 その前に、まず、
はなA
も一つ、
はなB
參禪先で咲いてた花カワイイでしょー。 おもわず撮っちゃった。

…いい感じで脱線トークこきつつ、それから二人むかいましたのは京都七条お東さんなり。 オヒガシさん、つっても和菓の落雁をいってるのでなく淨土眞宗大谷派ご本山の東本願寺さん、であります。 以前おデートで、いちど參拜いたしたけど、こんかいの目的は 非戦・平和展 の見學でした。
非戰・平和展
↑はギャラリーに展示されてあった『大逆事件』屏風(複製)丸木位里・俊 です。 いちおう注意ぶかく確認つかまつりまして撮影禁止の表示ありま温泉で、ござった。

大逆事件と稱してはいても大逆の未遂どころか、でっちあげフレームアップな彈圧ですから、ただしくは幸德事件、そう呼ぶべきなのかな。 この國家犯罪について、すでにコチラコチラで愚童和尚を記事にエントリしておりますが、お東さんでは同事件で犠牲となった淨土眞宗大谷派僧侶高木顯明を中心に周邊の…周邊つったら語弊あるけれど、わたしは事前に顯明の史料よみすすめてたから、ほか和歌山新宮の關係人物へもスポットあててある展示解説となって勉強になる場でした。

その顯明の(←よびすてで恐縮ですが他宗の尊稱を知らんので)史料ていうのが、
顯明テキスト
 大逆の僧 高木顕明の真実 (2011) 大東仁 風媒社刊 
こちら↑です。 きのう讀了つかまつりましたぞな。 たいへん魅力あふれるテキストです。
拜讀して、この顯明という眞摯でありながらも直情的で天然なキャラを學ぶことができた以外にまた曹洞門は懺謝文をだしてますが眞宗大谷派にも 不戦決議 があり愚童和尚は無政府共產を記してますが顯明も 余カ社會主義 を遺すという、やはりマジで本氣の佛道なら宗旨を問わず、あまねく突きぬけておるのだ、という再認識でした。

さて以下余カ社會主義を全文ママに上掲のテキストより著作者さまの諒解をいただいて轉載いたしまする。 書写した大審院(當時の最高裁)書記のせいなのか顕明なのやら誤字脱字いちじるしきをキープして、ただし脚註もうし上げてのアップなのだ。

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 明治三十七年十月四日に此の草稿を成就せり
 余が社會主義
○ 余カ社會主義  遠松
緒言 余カ社會主義とはカールマルクスの社會主義を稟けたのでない 又トルストイの非戦論に服従したのでもない 片山君や古川君や秋水君の様に科學的に解釈を與へて天下ニ鼓吹すると云ふ見識もない」 けれども余は余丈けの信仰が有りて、實践して行く考へでおるから夫れを書て見たのである 何れ讀者諸君の反対もあり御笑ひを受ける事てあろー。 尓し之は余の大イニ決心のある所である。
 本論、 社會主義とは義論ではないと思ふ 一種の實践法である。 或人は社會改良の預言ちゃと云ふて居るが余は其の第一着手ちゃと思ふ 依て我々は及ふ限り實行して行きたいと思ふて居る。 現象の社會制度をドシ々々改良して社會の組織を根本的ニ一変せねば成らんと考へて居る○又或人ハ社會主義を政治義論として鼓吹して居る 余は社會主義は政治より宗教に関係が深いと考へる 社會の改良は先ツ心零上ヨリ進みたいと思ふ 依て自分の考へ通り既往の所謂先輩と云ふ社會主義者の系統等を借りず余カ信仰と實践の一端とを御咄し致す考へて有る○余は社會主義を二段ニ分類して御話し致し舛。 第一を信仰の対象と云ひ第二を信仰の内容と云ふ 其の第一の信仰の対象と云ふ内を更ニ三段に分類致し舛 云ク一ツニ教義二ツ、人師、三ツニ社會、次ニ第二ノ信仰の内容も又更ニ二段ニ分類致し舛。 云ク一ツニ思想回転、二ツニ實践行為である○此処で第一の信仰の対象たる其の一ツの教義と云ふは何事を云ふ歟と云へば、即チ南無阿弥陀佛であり舛。 此の南無阿弥陀佛は天笠の言で有りて真ニ御佛の救済の声である 闇夜の光明である。 絶対的平等の保護である。 智者にも學者にも官吏ニも富豪にも安慰を與へつゝあるが 弥陀の目的は主として平民である。 愚夫愚婦に幸福と安慰とを與へたる偉大の呼び声である。
○日本の語で云ふて見るなら阿弥陀佛と云ふ過境の普善者が救ふから安心せよ護るから心配するなと呼で呉れたる呼び声である。 嗚呼我等ニ力と命とを與へたるは南――――佛である。
○實に絶対過境の慈悲である御佛の博愛である。 此を人殺のかけ声ニしたと聞て喜んで居る人々は唯だあきれるより外ハない。 斯ふして見ると、我国には宗教と云ふ事も南――――佛と云ふ事も御訳りニ成た人か少なひと見へる。
○詮ずる処余は南無阿弥陀佛には、平等の救済や平等の幸福や平和や安慰やを意味して居ると思ふ。 尓し此の南――――佛ニ仇敵を降伏すると云ふ意義の発見せらるゝであろー歟。
○余は南條博士の死るハ極楽ヤッツケロの演説を両三回も聞た。 あれは敵害心を奮起したのであろー歟。 哀れの感じが起るではないか。
○二ツニ人師(人間の師匠の意)とは余の理想の人である。 第一番には釈尊である。 彼れの一言一句は或ハ個人主義的義論もあろー。 尓し彼れの一生はドーであるか 帝位を捨てゝ沙門と成り、吾れ人の抜苦與楽の為ニ終生三衣一鉢で菩提樹下ニ終る。 其の臨末ニ及んで鳥畜類迄別れを悲しんだとは實ニ零界の偉大なる社會主義者ではないか(併し乍ら自今平民社や直言社やの社會主義者とは同一義論では無かろ)。 彼れは少しも人爵の如何に心を置かなんだであろ。 其の当時の社會制度の一班を改良したであろ。 否ナ百般の事に確に一変を與へて居る。
○天笠や支那に其の人を挙げれば沢山ニある。 併し今ハ此を略して置く」 日本では伝教でも弘法でも法然でも親鸞でも一休でも蓮如でも尤も平民ニ同情厚き人々である。 殊ニ余は親鸞が御同朋御同行と云ふたのや、僧都法師の尊さも僕従者の名としたりと云たより考へ来ると、彼れは實ニ平民ニ同情厚き耳ならず、確ニ心零界の平等生活を成したる社會主義者であろーと考へて居る(尓し此とても現今の社會主義者とは義論は違ふであろ) 余は此等の点より佛教は平民の母にして貴族の敵なりと云ふたのである。
○三ツに社會である。 理想世界である。 諸君はドー思ふか。 余は極楽を社會主義の實践場裡であると考へて居る。 弥陀が三十二相なら今集りの新菩薩も三十二相、弥陀が八十瑞光なら行者も八十瑞光なり。 弥陀が百味の飯食なら衆生も百味の飯食なり。 弥陀が應報妙服なら行者も應報妙服なりて、眼通で耳通神足通他心通宿命通弥陀と違はん通力を得て、佛心者大慈悲是なりと云ふ心ニ成りて、他方国土へ飛び出して有縁々々の人々を済度するに間隙のない身となる故ニ極楽と云ふ。 真ニ極楽土とは社會主義が實行セられてある。
○極楽世界には他方之国土を侵害したと云ふ事も聞かねば、義の為ニ大戦争を起したと云ふ事も一切聞れた事はない。 依て余は非開戦論者である 戦争は極楽の分人の成す事で無いと思ふて居る。 (しかし社會主義者にも或は開戦論者があるかも知れん) (此は毛利柴庵を意味す)。
○更二第一の信仰の内容たる其の一ツの思想の回転二付て御咄し致し舛。 専門家の方では是を一念帰命とか、行者の能信とかと云て喧く云ひ舛。
○上来御咄し致し来りた尺尊等の人師の教示二依て理想世界を欲望シ、救世主たる弥陀の呼び声を聞き付て深く我が識心感しられたら、其の時大安心が得られ大慶喜心が起きて精神は頗る活発に成るのである。
○實に左様であろ 或一派の人物の名誉とか爵位とか勲賞とかの為めに一般の平民が犠牲となる国二棲息して居る我々であるもの 或は投機事業を事とする少数の人物の利害の為めに一般の平民が苦しめられねばならん社會であるもの。 富豪の為めには貧者は獣類視せられて居るではないか。 飢に叫ぷ人もあり貧の為めに操を売る女もあり雨に打るゝ小児もある。 富者や官吏は此を翫弄物 視し是を迫害し此を苦役して自ら快として居るではないか。
○外界の刺激が斯の如き敬ニ主観上の機能も相互二野心で満ちゝて居るのであろ。 實に濁世である。 苦界である。 闇夜である。 悪魔の為めに人間の本性を殺薮せられて居るのである。
○尓るニ御佛は我等を護るぞよ救ふぞよカになるぞよと呼びつゝある。 此の光明を見付けた者は真二平和と幸福とを得たのである。 厭世的の煩悶を去りて楽天的の境界二到達したのであろ-と考へる。
○さながら思想は一変せざるべからずだ。 御彿の成さしめ給ふ事を成し御佛の行ぜしめ給ふ事を行じ御佛の心を以て心とせん 「如来の志ろしめむ如く身を持すベしであろ。 大決心は此時である。
○ニつニ實践行為。 次ぎ上の思想の回転が御佛の博愛二深く感じたるものなれば如来の慈悲心を体認せねば(体認歟耐忍歟此所の耐忍ハ諦認と書くをよしとする歟)ならん。 此を實践せねばならん。 大勲位侯爵ニ成りたとて七十ヅラして十七や八の妙齡なる丸顔を翫弄物にしては理想の人物とは云はれんであろ。 戦争に勝たと云ふても兵士の死傷を顧ざる将軍なれば我々の前には三文の価値もない。 華族の屋敷を覘ひたと云ふて小児を殴打した人物等は實に不埒千万ではないか。
○否ナ我々は此の様な大勲位とか将軍とか華族とかと云ふ者に成りたいと云ふ望みはない 此の様な者になるとて働くのではない。 唯だ余の大活カと人労働とを以て實行せんとするものは向上進歩である。 共同生活である。 生産の為めに労働し、得道の為ニ修養するのである。 夫れに何ぞや。 戦勝を神佛に禱る宗教者があると聞ては嘆せざるを得ぬ。 否ナ哀れを催し御機之毒に感じられるのである。
此の闇黒の世界に立ちて救ひの光明と平和と幸福を伝道するは我々の大任務を果すのである。 諸君よ願くは我等と共に此の南――――佛を唱へ給ひ。 今且らく戦勝を弄び万歳を叫ぷ事を止めよ。 何となれば此の南――――佛は平等に救済し給ふ声なればなり。 諸君よ願くは我等と共二此の南――――佛を唱へて貴族的根性を去りて平民を軽蔑する事を止めよ。 何となれば此の南――――佛は平民に同情之声なればなり。 諸君願くは我等と共二此の南――――佛を唱へて生存競争の念を離れ共同生活の為めに奮励せよ。 何となれば此の南――――佛を唱ふる人は極楽の人数なればなり。 斯の如くして念佛に意義のあらん限り心零上より進で社會制度を根本均に一変するのが余が確信したる社會主義である。
○終りニ臨で或人が開戦論の証文之様二引証して居る親鸞聖人の手紙之文を抜出して、此の書が開戦を意味せる歟、平和の福音なる歟は宜しく讀者諸君の御指揮を仰ぐ事とせん。
○御消息集四丁の右上略 詮じ候処ろ御身に限らず念佛申さん人々は我か御身の料は召思さずとも朝家の御為め国民の為め念佛申し合セ給ひ候はゞ目出度候ベし。 往生を不定に召思さん人は、先つ我往生を思し召して、御念佛候へし我が御身の往生一定と思召さん人は佛の御恩を思し召さんに御報恩の為に御念佛心に入れて申して世の中安隠なれ佛法弘まれと召思すベしとぞ覚へ候」 已上。
○嗚呼疑心闇鬼を生ずである。 如上の文は平和の福音なるを人誤てラッパの攻め声と聞きたるか。或は陣鐘陣太鼓の声なるを予が誤りて平和の教示なりと聞きたるか。 讀者諸君の御裁決に任すとせん。
○尓し余は幸なりラッパも陣鐘も平和の福音と聞けばなり。 多謝ゝゝ南無阿彌陀佛。

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註)
遠松…顯明の雅號 住持した淨泉寺の山號から
片山君…片山潜
古川君…古河力作 もしくは枯川の誤字だとすれば堺利彦
秋水君…幸德傳次郎
心零…心靈の誤字
天笠…天竺の誤字
南――――佛…書写した大審院書記の手抜きか
両三回…二、三囘
南條博士…眞宗大谷派の特派布教使で佛教學者、南條文雄
死るハ極楽ヤッツケロ…まず大谷派法主現如の親示を複演したものとして大谷派機關誌「宗報」第三一號1904年3月20日刊に掲載されたあとヤッツケロを追加して戰爭法話1904年3月28日刊に掲載され大谷派布教使の中で流行語になった南條文雄の發言
抜苦與楽…慈悲
三衣一鉢…出家の所有品 最低限の生活に必要なものの意
御同朋御同行…親鸞は弟子や門徒を仲間として平等視した
僧都法師の尊さも僕従者の名としたり…親鸞の句から 権威や差別を否定するもの
三十二相…佛の外見的特徴
八十瑞光…八十種好を指す 佛の外見的特徴
百味の飯食…三界萬靈に供える供物つまり佛の食事
應報妙服…佛の服装
眼通、耳通神足通他心通宿命通…佛の通力
極楽の分人…眞宗の求道者
一念帰命…他力の信心
能信…深い信心
尺尊…釋尊の誤字
識心…感覺認識と精神活動つまり身心の意
斯の如き敬ニ…斯の如き故ニ、の誤字か
殺薮…殺戮の誤字か
朝家の御為め国民の為め念佛申し合セ給ひ候はゞ目出度候ベし…戰爭協力のため盡忠報國の教えとして歪曲した上で親鸞の手紙から大谷派法主現如の親示に引用された わたしらを彈圧する人らの爲に祈りましょう、が本來の文意であり盡忠報國や國體護持などではなく博愛精神を説くもの
安隠…安穏の誤字か

いかがでしょう。
一ツニ教義二ツ、人師、三ツニ社會 とは佛法僧すなわち佛(人師)法(教義)僧(社會)であり三寶に該當してるし眞宗では現世利益を一切もとめないが顯明の説く 社會=極樂 を理想の實践場裡とするのなら現實社會こそ現世こそ理想世界でなければならない、という訴えに讀めます。
また一ツニ思想回転、二ツニ實践行為 とあるのも禪でいう修證一等に一致するです。 ようするに信仰の對象を佛法僧とし内容を修證一等として説く、これ宗旨は違えど道元禪師と同じで、そのうえ佛道は平和と平等であると告げる點で宗旨は違えど愚童和尚に均しくある姿を示してる。
さいきんまで、このわたしタノは宗旨ことなれば道ちがうもんだ程度な低い認識こいておりましたが、おっとドッコイあまねく佛道つき抜けてるんだから、きわめた人らは同じ道あるいてるんだな。 わお。
 佛教は平民の母にして貴族の敵なり
じーほーさんしー。
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    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

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