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お前はもう無處不周底

抹茶40gで20杯分、茶筅の使用度數は100もいかないらしいです。 これ知ってタノちゃんどうしたかというと、どうもこうもない、どうにもこうにもショックでかい。 せっかく下賜いただいて、けっこう高価なものなのに、わずか20だの100やら、そんなバナナといいたい感じ。 やはり分に過ぎたというか、つまり庶民の趣味にはあらずというべきか。 ていうより向後も抹茶たのしんでくため、ひとつ喫煙の習癖やめるべきか。 ぬおお…でも以前たばこ一箇月ヤメたさい食費が壹萬圓もあがったんだな。 ここは卒煙しときつつ、さらに食費おさえつつ、お抹茶たてながら、わびさびー。 ただ、わびさびー。
 つって、なんだそれ やめてよ ( ̄▽ ̄;
なにしろ、わたしタバコすわなくても月に三千圓くらいしか、うかないんだぞ。 どないせえ、ちうねん。

あいかわらず所帯くさいトークで、すいません。 たいがいベタな話題ばかりだとウチのカノジョからも苦言を呈されておるですし、もうちょっと、こう格調たかそうな方面をナニしてみたほうが、いいかも。 たとえばなんだ、えーと有名人の知りあいが、とか有名ブランドのアレが、とかいった方面か。
 だ、だれのブログよ、それいったい ( ̄△ ̄;
やれやれ。 まー、そっち方面かなり無縁で、なんにも自慢こきを披露かます場面ございません。 そもそもブログは自慢トークたれる場所じゃあないもんね、そういう風情のを、たまにみかけるけど。 いや、わたしがカノジョに買ってもらった、おデートしたぞ、ていうのは自慢だからミットモナイつって、ほかならぬカノジョから小言いわれたことはあるものの、おコトバを返すようですが自分で自分むけに買った代もんやらなにか手柄みたく言揚げするんなら、そりゃたしかにミットモナイでしょうけれど、でもウチのブログのように、ひとさまから施していただいたもの事を功徳としてるのは、これアリなのかナシなのかといえば、すなわちアリなんじゃないの。 いいじゃん、ふーんだ ( ̄з ̄)

こほん。
そういう次第で自慢ネタは皆目ないですが、たしょう格調かもしそうな話題なにかないかなー、と。
しかし、いくら氣ばってみたところでカノジョいわく、
 キミのブログはヌカルミみたいだ ( ̄▽ ̄) ホホホ
そう評されてるもん。 なにかアテにしようと閲覧すれば スカひいてドツボ なんだって。
(いうよねー↓つづく)
(つづき)
ほんと血も涙もナッシングな、あつかわれようでしょ、わたし。 負けないぞお ε=( ̄へ ̄)
とりあえず氣をとりなおして
こんかい、めずらしく武道佛道の記事で格調ねらった、あるあるネタをエントリいっぱつ↓以下。

 お寺は檀家のものだ
ていう主張を、ときどき眼にします。 はたして、そうかな。
お寺は檀家のもの、そういいたいのは住職が寺を私物化したりして寺檀問題こじれてるケースで檀家さんが申しのべたり、よくあるみたい。 寺の私物化ていうのは、たとえば住職が獨斷で寺を増改築や靈園いじったりして一方的に費用を檀家へ請求する、あるいは土地や寶物など人知れず賣却する、それに抗議すれば邪魔な檀家を役員から勝手に外して外部から役員を招くetcあってはならん事象ですし、まったく以って私物化以外のなにものでもありません。
けども、それについて檀家が寺を我々のものだというのは、ようするにカネだしてるんだから、ていう對価への反對給付もとめる資本主義な觀點のそれであって、まるで佛道にそぐわないでしょ、ちがうかな。 經費はらって維持してるんだからオレタチのものだ、ていうのなら、とんでもない檀家じゃん。 これが佛門でなく武道だったら即破門でっせ、あたり前の話し。
檀信徒が出資して寺を維持するのは、そこで祖先の靈が祀られてあるから、そのサービスへ對する對価だという、そういうリクツに問題あると思うです。 ていうか寺は死者を祀るとこだという固定觀念が、そもそもオカシイなり。 寺というのは三界萬靈いわば全世界の萬象森羅を祀ってあって、そこに檀信徒の先亡諸靈も合祀してあるという、わたしら檀家は正直それをかたじけのうしてるという、ただ寺の活動すなわち佛道に信徒として參加してるからこそ布施するという、そういうリクツでありまして。 なにも別だん寺の住職(わたしの宗派では方丈とよぶ)は檀家が雇った墓守じゃございません。
 そこ勘違いしないように ( ̄▽ ̄;
寺は檀家のものでも住職や寺族の私物でも、ましてや宗務廳とか教團の施設でも、ない。
では、いったい誰のものかというとですな、これ恰好つけていうつもりでなく佛さまのものです。 その佛さまというのが十方三世の三界萬靈でござる。

 原始仏教と傳統仏教は別もの
ていう説も、よくみかけます。 なにいってんだろ。
ここで原始仏教と稱してるのは釋尊の時代に釋尊が直截に説いたもの限定を指す、らしいですが。 さて、じっさい釋尊の時代に釋尊が直截に説いたものが現在ただいまそのまんまのカタチで遺ってるのかというと、そんなワケあるかいな。 いわゆる原始仏教を主張する人らは、いったい何を視て聞いて、それを釋尊の時代に釋尊が直截に説いたものだと定義してるんでしょ。 思い込み、ていうのは、ある意味すごい。
もっとも旧い時代の經典とされておるのがダンマパダとスッタニパータですが、いづれも釋尊の歿後かなり經過してから成立したものであり、これを受け継いで釋尊の直系と自稱します宗派すら釋尊の歿後なん世代もナン世代もあとで成立した一門なのだ。 あえて直系だというのなら、これはもう佛を奉ずる宗派みな直系ぞな。
ひとから人へ手から手へ、いく世代も傳えられ、その間さまざま研究が加えられ、だからこその佛道であります。 むかーしのまんま、しんだみたいなのを幻想しつつ追い求めてやまないってのは迷妄なんじゃないのハッキリいえば。 迷妄ていうか煩惱ていうのかビョーキかも、なんつって。
たとえば劔術を學ぶうえで、おなじ流れをくみ祖系ひとしくするものを、もしかりに
 ナニなに流とコレこれ流まったく別もんなのか
という場合たしかに別の流派ですし、おそらく教習課程や技法の組み立て他こまかい點いろいろ功夫ことなるでしょうが、しかしやってることは、おなじです。 斬るべきとこで斬らなかったりや出るハズのとこで退いたりとか意味のないこと、いたしません。 斬るとこは斬るし出るとこは出て退くときは退く、とう然じゃん、おなじ流れなんだし道理にあわないことやってたら話しにならない。 そういう、あたり前のことは武道佛道を問わず、どんな分野においても、あたり前。 あたり前のことが分かんない人は、なにやっても武道であれ佛道であれダメでしょ、たぶん。

 ご本尊は坐禪
というのは曹洞門の信徒の、いち部にみられる主張です。 なんだそれはー ( ̄□ ̄;
いっぽう宗門の宗務廳では釋尊つまり釋迦牟尼佛を本尊だと定義してる。 やれやれ、とほほ。
たしかに釋尊は教祖だけど彼自身は自分を神格化することを認めてませんでした。 まー、そうして師の歿後わざわざ師に逆らう、ていうのは頂相かくなといっても描いたり師の頂相を改竄したり師が却下した學説を採用したりと佛門には、よくあるです。
そして坐禪というものは、あくまで實践であります。 曹洞門で佛道やってくうえで缺かせぬ代もんではあるけれど、それをあがめたてまつって信仰の對象とするのは、けっこうズレてんじゃないですか信心そのものが。 たとえれば劔術を修行する者が素振り稽古を唯一無二として奉じてたら、それはアホでしょ。 ほかにウチのブログらしくベタな喩えで申せば、もしアイドルを追っかけてるファンがタレントでなくオタ藝を熱烈に愛するようなったら、もうバカじゃん。 つける藥ないし。
曹洞門の本尊というべきものは正法眼藏に、ちゃんと記してあります。 それは佛法僧なり。
佛というのは先にのべたとおり、法とは、それを説き示すもの、僧は出家のみを指すのでなくて在家出家を一切こみで佛門と佛法とを護持する者たちの人と人との、むすびつき、です。

以上こんかい佛道あるあるネタで三本つかまつって、みました。 やり慣れん記事こいて、つかれた。
武道あるあるネタは、また次囘にでも。
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    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

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