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[C2299]

神話的ではなく下ネタとは意外ですね。
でもこういった話のほうが親しみやすいかもしれません。
  • 2008-12-29 16:51
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[C2300] でしょ。

いや~、なにしろ ケツ ですもんね。
これ以上なく正直でしょ。 たしかに劔法も禪も神秘はあるけど似非の神秘はナッシングです。
  • 2008-12-30 06:22
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お前はもう雪隠へ通っている

この土日はカノジョいそがしくって(またかよ)遊びにきてくれません。 したがってゴージャス祗園デートは来年になる模様です。
でも歳越しはウチで過してくれるんだって。 わーい歳越しラヴラブだー。 ぱちーん、と弾けろー。

…つい嬉しさのあまり、とり乱してしまいました、すいません。
去年の年末は離脱症状にノタウチまわってて、こんな穏やかな日々がもどってくるなんて、しょうじき思ってなかったです。 あな嬉し。
えーと、私が別れた妻と仲よくしてるのを不思議がる人って多い(ほんと多い)んだけどアリ中といってもね、この病氣とセットみたくいわれるギャンブルだの借金だの暴力だのウソだの、一切ナッシング、だいいちギャンブルも借金も暴力もウソも大キライな人間でして。 ですからカノジョはタノを、ひとつも憎んでない。 病氣だらけで、とうとうアリ中にまでなったから、いっしょに住むのがカノジョはしんどくなった、それだけ。 なので私が断酒つづけたからってカノジョと縁りをもどせるとは期待してないし、そんな積りで断酒とかデートしてない。
つまりは劔法や坐禪と同じく自分のため、自分が人間らしく生きて終るため、これらをつづけてます。 樂しいので、つづいてるわけ。

そんな話しは置いといて(ほっとくと、どんどんトークが脱線する)こんかいエントリは劔法合宿で盛りあがった古文書ネタなのだ。
なにがオモシロくて盛りあがったのか、それはあとで原文を記載するとして、まず古文書の説明を、つかまつります。
いちいち説明しとかないと、知ってる人には情識でも知らない人には専門系になっちゃうから。 たとえば私のカノジョの(坂本竜馬を新撰組だといったり大塩平八郎を明治維新だといったりする)ような人もいますので、釋迦に説法かも知らんけど、念には念を、です。

古文書は征夷大将軍徳川家兵法指南役で大和國柳生藩領主である柳生但馬守宗矩の長子、柳生十兵衛三巖が寛永十九年(1642)に當時は東海寺の住持だった臨済宗大徳寺派の僧侶澤庵宗彭(寛永十二年から江戸柳生家に滞在してた)から影響うけつつ著した劔法の研究書です。 十兵衛三巖が三代将軍川家光に受けた勘氣(澤庵が十兵衛に宛てた忠告によると若いころ酒癖がよくなかったらしい)を赦され書院番に列せられてた時期のものだけど、のち父親が亡くなると柳生に隠棲するので、よほど家光と氣があわなかったのかも。
さて説明グダグタやってても致しかたない、肝腎の古文書、オモシロ箇処を紹介します。
(オモシロ箇処は↓追記をクリックで表示)
(つづき)
いわゆる武道真髄の縁起には、佛閣神社とか洞窟に劔豪が奥義悲願して連日こもってたら天狗か神霊かナンかあらわれて秘劔を授ける、ていうオカルト逸話が、つきもんです。 では禪の化儀が濃厚だった新陰流兵法では、どうだったのか。 以下↓

月之抄 西江水之事 (の後半)
…此西江水之習ニ亡父ノ用ト老父ノ用ニ替りタル差別アリ 亡父ノ用ハ、ケツヲスホムル也 是西江水ト号ス 老父ノ用ニハ、ケツヲハル也 これ西江水ト号ス すほめたるヨリハはりたる方身モ手モクツロキテ自由ナル心アリト也 然レとも是ハいつれニても主々カ用ヱン方可然也 詞ハ替れとも心之置處一つ也 心ヲ定テしつかなる時ハ捧心能ミユルナリ 秘事至極ナリ 抑此習ハ亡父年シ老シテ體足心ならサルに冬天ノ寒時ニ外ニアルセツチンヱ通ふに山中之事なれハ氷とけす、なめト也テスヘリ老父かなひかたけりけれとも通ふとて、たヲれんとせし時、此心持ヲ得道して今此西江水ト秘シテ無上至極、極意ト号ス 此處に至レハ萬事ハ一心トナリ一心ハタ西江水一ツニ寄ス處ナリ

現代口語訳:
…この西江水の教えには亡父(祖父、柳生石舟齋宗巖)の術と老父(宗矩)の術に異なる違いがある。 亡父の術は尻を縮めるのである。 これを西江水と称する。 老父の術では尻を拡げるのである。 これを西江水と称する。 縮めるよりは拡げるほうが身も手も軟らかで自由に遣えるという。 しかしながらこれはどちらが主でも遣いやすいほうが適當であろう。 言葉は異なるけれど要諦は一つである。 落ち着いて冷静なとき(西江水)は心を捧げる処(太刀筋)よく視えるのである。 極めて秘すことである。 ようするにこの教えは亡父が歳老いて身體自由でないのに冬季の寒冷時に外にある雪隠へ通って山中のことだから氷が溶けず滑らかにすべり老父が無理だろうと思っても通っていて倒れそうになったとき、この心持ちを会得して今この西江水と秘して、この上ない極意と称する。 これを極めれば萬事は一心となり一心やはり西江水ひとつに歸する処である。

オカルトどころか↑すごいベタな逸話です。 神霊ではなくって便所の話しですもん。
ことしの柳生合宿では宗家とタノが、この下ネタ秘話で盛りあがって笑うの笑わないのって、つまり爆笑タイムでした。
なにしろ ケツ ですぜ、 ケツ
そもそも禪では身心一如といってて肉體から別に独立した霊魂の存在を否定してるんだな。 柳生家と親しかった澤庵和尚は臨済門ですが曹洞だって、たとえば永平道元禪師が正法眼藏の即心是佛や辧道話の巻でオカルト否定してるし神通の巻では超能力を下らんと却下してます。 まさに禪門の薫陶いちじるしかった柳生一族でして劔法本來の面目躍如、ていう感じ。
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    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

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