Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://lovedeluxe.blog9.fc2.com/tb.php/1211-f86a53d4

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

お前はもう得度している エピソード②

エピソード①の本題です)こんかい佛道一点ばりの話題。

先述の禪僧ブログいわく前半、
この「在家得度」というのが、実は良く分からない いや、悪い意味で言っているのではないのだが…
に始まって以下、宗制に載ってないこと、宗制が在家に対する規程ないから難儀する云々、そして用語辞典での語義、そこから矛盾だといって次には得度が度牒の受持を指すとしたら度牒は具足誡だけど曹洞は菩薩誡だけだから存在しない云々、また用語辞典での語義を引合いにして無理がある、なぜなら正法眼藏の出家功徳で道元禪師が在家成佛を否定してる、だから在家得度という言葉は存在できない。

これ↑よむと、辞典に載ってなくて制度に規定のないものは、この世に存在しない、あるいは存在してはならない、かのような見解です。
しかし、辞書に載ったり制度で規定されるってのは後づけ、てのが世の中の現実、恒例パターンでして、じっさい在家得度は存在するし現代の諸禪師だって肯定的に著作に記載してる。 世の中の萬法は辞典に載ったり制度に規定されたりする以前に存在します、これ當然。
語意が矛盾するとかいうのも、そんなこといってたら禪書ひとつたりとも、よめませんし。 禪書よんでたら言葉は真理の一部しか明かせずして、それだから古佛諸祖の苦労する逸話が、たいへん多く載ってます。 それこそ、載ってる載ってないをいうなら確実に載りまくり。
具足だ菩薩だというけれど、そもそも曹洞禪の誡は菩薩誡なんだから他宗派の事例をもってきても、話しのややこしくなるばかりです。
それでいて、言葉に無理があるとか拙僧なりにこの言葉に「ケリ」を付けておきたい、などなど、あまりにも禪ばなれした話題性です。
そして肝腎要の正法眼藏には辧道話、袈裟功徳、谿聲山色など在家の授誡と袈裟の受持が示されてるのに一切ふれない。
だいいち在家得度する人って成佛やら何かの利益を求めてるんだ、そう考え決めてるらしい、そんな文脈とも見うけます。

なんだかよくわからんけど、この在家得度論かいてる拙僧さんもよくわかってないんじゃないか、私そう感じたけど無理ないでしょ。
そして後半にいたると
(つづきは↓追記クリック)
(つづき)
いわく、
色々と実態を調べてみると、この「在家得度」というのは「受戒した人」という意味で(中略)授戒会という儀式を経た場合に、「在家得度」と称しているようである云々、この言葉の成立には「禅戒一如」という概念を(中略)『修証義』の影響もあって云々、道元禅師やその周辺の曹洞宗的戒律観からして、やや矛盾を生じているのは否めない云々。

さきほど宗制の定義を重視しながら、こんどは宗制で宗典とさだめる修證義を、これの影響だからこうだとか、いろいろ↑かいてる、これこそ前後矛盾を感じますが、いかがだろう。 また彼は知らんけど(宗制に載ってないからか)授誡会という団体儀式の他に個人で授かる在家得度がある。 宗制が在家に対する規程ないからって彼、在家に対する知識や興味関心が、うす過ぎるような印象派です。
こうした前提で
※やや矛盾を生じているのは否めない
※拙僧はこの辺が「落としどころ」ではないか
※まぁ白か黒かという「決着」を付けたい者にとっては甚だ不愉快な結果かもしれないが(←こりゃ拙僧さん自身のことでしょ)
あげく散々いってきたことを棚上げして彼いわく 言葉に矛盾があるかどうかが問題ではなく って、この人…
え? いままで問題にしてたじゃん
最期に いわばこのログは、拙僧の思考の遍歴 とかいわれたって、この在家得度論かいてる人よくわかってないんじゃないか、そういった読後感を、まぬがれませんでした。 なんというかグダグタ、こりゃ正法眼藏のが、よっぽどスラスラ理解しやすいです。
(くらべるに及びじゃないが)
そこで在家得度うけた一人としてイチ信者として所感をコメントしてみたら返ってきたのが、またもや彼いわく、用語の問題、宗制の問題。
え? やっぱり問題にしてるじゃん今も
もはや支離滅裂でして、私なんとなく誤解させたかと感じて直截メールしてみました。
そしたら一体なにに激昂したのか拙僧さん…散々に愚弄して暴言はきました。

そのメールやり取り紹介すると↓
のっけから議論あつかいで、そうではなく在家得度者の状況説明だといっても、くり返し議論ギロンだといいつづけ、あくまでも宗制の定義だといいつづけ(かなりシツコク)私へ 申訳ないけど など意味不明の言辞をほどこし(タノが授誡してないと独り勝手に思い込んでるらしい)誡師の資格云々までいうから菩提寺の和尚の資格心配いらんと宗務庁から教わったと答えれば、個人情報を教えるのは変だといい(おいおい、個人情報って、私は和尚の住所氏名年齢だって知ってるよ、宗務庁の人が和尚を知ってるのには驚いたが)宗務庁を調査注意し報告するといい出し(むやみやたら自身を実施側とか立場上とか)まだまだ宗制だと連呼つづけ、あれこれ意味を前後とり違え(こちらのメールよくよんでないみたい)とり違え箇処を何度も説明させられ、話しの流れで武道の印可授受を例にとったら、そもそも武道とは違うというから(もう面倒クサ)またそれも説明したら今度は、いったいわない、を仕かけてきて(ほんと面倒クサ)あなたは佛道を熟知してるのか拙僧は武道に詳しくないが云々(だったら、この人自体 そもそも武道 てなトークが成立しないじゃん)私の血脈を業者の勝手な商品みたくいい、あーだこーだとコレだけグダグタいっといてタノを 議論に引っかかってる などと愚弄するから、この惱ましさに辟易した私は
※引っかかり執著しているのは私の方ではない
※注意するとかいってA老師(在家得度を自著で勧める諸師の一人)にも注意するのか
※調査しても報告いらない、興味ないから
※詳しくないんだったら武道について何も斷言する必要ない、同じことだ
※そんなモノ堅くメールを返すのだったら、すこし、お疲れではないか
そう返しました。
ときは臘八摂心で在家の私ですら坐る時間を一所懸命こしらえてる、ってのに拙僧さん、いつでも即座にバンバンとメール返してくる(まるでパソにかじりついてるのか)いちいち 「」かぎかっこ つけて強調して >マーク つけて當方メール引用して一体どっちが議論を構えてるんだか、はなはだ錯誤してるとしか表現のいたしようがナッシングでした。 マジつかれた、うんざり。
私のラストメールへ返してきた拙僧さんメールは(もうシツコイな)
いわく
※ 「指導」してやっている(タノを。 かぎかっこ原文)
※ A老師は友達だから注意させておく
※ まぁ受けたんだから(タノの在家得度)それ以上はどうでも良いという事になる
※ 何とも杜撰だが仰りたいことはよく理解した
※ 「こんなものだ」と納得していただくしかない(タノが授かった血脈)
※ 調査するけど報告しないのでご安心
と返してきました。 文中に (笑)マーク まで、ご丁寧に附加してくれてる。
なにをかいわんや(笑)
A老師から視れば彼(私の八歳下のカノジョよりまだ歳下)は息子と呼べる年齢よりも、さらに若い。 それでも得髄の師といえるような僧だったら友達あつかいしてもらえるかも知らんけど、この低価格じゃ小僧あつかいでしょ。 むやみやたら地位を強調する、こんな人、自ブログでは、なにかというと教えてやった、とか指導した、しってる知ってる、ばっかり。 私の誡師も参禪会でお世話になってる坊さまも、みな
いっしょに勉強しましょう
ておっしゃるのに、拙僧さんは衒學するため禪で遊んでるみたい。 メールやり取りすれば、このテイタラクですもん。
ていうか、ほんとに禪僧なんでしょうか…自称なのではないか。 僧侶のコスプレして遊んでるだけではないのかな、おそらく。
自ブログへ反論できないコメントつけたらしき人のを、バッサバッサ斬捨て御免してるし。

あんまり不審だったので、すこし調べてみました。
すると判明したのが、まず一つ。
Mixiコミュ経由して他サイト閲覧したら彼は深夜でもネット投稿してます。 私の知る限り禪僧てのは並以上に早寝早起きですが彼は並の水準とは関係ないみたい。 寝る時間あるのだろうか。 いつ坐るんだろ。 檀家さんの世話どうするのか。 情識の思慮分別判斷を超越してる、そういう意味限定では禪僧だけど、しかし攻撃的でフレーミング癖があり支離滅裂、っていうネット依存症の典型症状が散見される。
二つめに、彼が荒した他人様のブログを紹介すると具体的な箇処がココココ、とうとうイヤになった管理者さまエントリがココココです。
彼が都合わるいコメントを自ブログから截斷するさい、ブログは個人運営だし皆さんなりの正しい見解は拙僧さん無関係つまり拙僧さん折伏されないし折伏しない、氣に入らなければ見なければ良いだけ、當ブログ内で披露するのは勘弁、ていうのと実際に拙僧さんやってることと、ずいぶん矛盾してます。 宗制だの語義だのより、こっちの自己矛盾のほうは氣にならないのかな。

あまつさえ拙僧さん、おそれおおくも正法眼藏の古鏡を自ブログ記事で上記の行為に対する自己弁護、自己陶酔、自己欺瞞にもちいちゃってます。 自身を古鏡だ、なんつって長々エントリ、ようするに美化してるけど拙僧さん自身から攻撃して不快な思いさせときながら相手さんが惡いんだという理屈、これ自分で自分が羞かしくないのか不思議です。 無私なんだとか、ありのまま映すとか、教化であるとか、あまりにもアクロバット飛躍の論法、つまり身勝手ご都合すぎるんじゃあ、ないのかな。
説法だなんて、よくいうぜ、ただの罵倒じゃん。 それを一体どういうつもりで永平道元禪師と自身とを同一視して、古鏡(拙僧さん)に映ってる人(拙僧さんが攻撃した相手)が曇ってるだなんて、どのクチがいうんでしょ。 その古鏡そのものが曇ってて壊れてるじゃん、ろくに映らないですよ、やれやれ、まったく大した自家撞着には呆れかえって氣絶しそう。

この拙僧さんを道取するに正法眼藏には古鏡より相應な巻が、ある。 禮拝得髄とか、その他いろいろです。
いわく
文字を数ふる學者、文字の筌罤に関る者、算沙の輩
夢也未見在
斯の如くの(吾は大比丘なり、久修練行なり、師号に署せり、法務司なり、僧正司なり、三賢十聖なり…中略…と云ふ)癡人
比丘の高年宿老なりとも得法せざらん何の要かあらん
貪名愛利の比丘僧に似たる僧侶
あながちに鬢髪を剃りて如来の正法を破る
誑惑世間人の至愚
虚しく黒暗業に売買する
吼ゆる狗
とんちんかんちん一休さん

おっと、最後のは道元禪師じゃなくアニメから引用でした、すいません。
ちなみに以上これ不説過誡を破るエントリ記事だったけど不謗三寶誡を破ってません。 自称僧侶は僧じゃないし、ましてや私は僧迦を謗ってないですから。 ていうかマジ僧侶だとしても永平道元禪師は惡僧が惡僧のままでいいとは、おっしゃってない。
ナントカ日暮れ、なんていう自己愛ブログつらつらしてないで、だまって坐っとれ。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://lovedeluxe.blog9.fc2.com/tb.php/1211-f86a53d4

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

タノQ

  • Author:タノQ
  • since 2005.05
    まあ…あれですな
    皮膚呼吸って奴?
    ハハハ( ̄▽ ̄)v

ブログ内検索

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。